2007年8月11日土曜日

NYに住んでも幸せになれないーNY病を超えて




今日はずっとうなされて起きた。
最近ずっと自分が変だなって感じていて、重苦しくて夢に現れたみたいだった。
特に日記に顕著に現れていると思うんだけれど(特に昨日の日記が気持ち悪いと思う)
「もっと頑張らなきゃ!」「ちゃんと周りの人に頑張ってる事をつたえなきゃ!」「みんな今私の事どう思ってるんだろう?」だとか、「NYにいること」でいつもと違う、なんだか特別なことばっかり考えるようになって、本当にそういう自分が気持ち悪くなってしまった。



なんとか自分に都合の悪そうな事を考えないようにするために、今朝は忙しく洗濯したり、掃除をしたり、ご飯を炊いてみたりした。それでも夜からのダンスのレッスンまでは時間があって、一人で部屋で「自分の変化について悶々と考える」よりは外で本を読もうと思って支度をして、寮を出た。

近所でフリマが行われていたので、スイートポテトとチキンとレモネードを買って、電車に乗った。ユニオンスクエアで降りて、ブライアントパークまで歩き、一人用の椅子に座って本を読んだ。土曜日のブライアントパークはごみごみしない程度に人がいっぱいでみんな気持ち良さそうに過ごしていて、私もそこではリラックスして本が読めたと思う。


ダンスのレッスンが始まる少し前の時間にはパークを出て、日本料理屋さんにお惣菜を買いに向かった。途中の道でストリートダンサーがブレイキンのパフォーマンスをしていて、嬉しくなって観に行った。NYのちゃんとしたストリートパフォーマンスだ!と思ってみていてもそれは日本で見るブレイキンのパフォーマンスとなんら変わりがなく、ビデオを撮っていたのにも関わらずがっかりしてしまった。でもやっぱり外人は違うような気がしてそれなりに満足できた。


日本料理屋さんで予定通りお惣菜を購入して、少し時間が余ったので日本のブックオフによってダンスの本を探した。ダンスの本は思ったよりも全然品揃えが悪く、帰ろうと思ったときに本とうにふと、目が止まった。
「NYに住んでも幸せになれないーNY病を超えて」
その時自分がどう思ってそれを手に取ったのか思い出せないけれど、何か反発と共感の入り交じった気持ちだったような気がする。読んでみると内容は過激だった。

「NYにいる日本人は2つに分けられる。1つは自分の意志で滞在している人、2つ目は自分の意志とは関係ない所で滞在せざるを得ない人。1つ目の例をあげれば、永住しようとする人、留学生、なんとなくの人(まだ会ったけど覚えてない)。この人たちは自分で最初の決断(渡米する)をし、最後の決断も自分でする。2つめは会社に言いつけられてきた駐在員とその家族。いわゆる現地採用と言う奴だが、その言い方が差別っぽくて嫌いだ。この人たちは全部が自分で決められない」
「日本人はNYでは完全にマイノリティの存在である。日本人は何も話さない、話し手も英語がへたくそ、何を考えているのか分からない。政治力もない。日本のアイヌ民族や、在日韓国人はNYでの日本人の気持ちがわかるだろう。日本人はここでは少なからず差別される。それを鼻くそくらいに思うか、衝撃を受けるかは人に寄るが、そんなことを言ったら黒人たちが受けている差別は比べ物にならないものだろう」
「日本人はNYで日本人に会っても英語で話そうとする。なるべく日本人と絡む事をさけようとする、せっかくアメリカに来たんだからここで日本語を話す事もないと言うが、不自然な行為である。それは以前に日本人は海外に行くと群れるという批判の本からきた週間だと言う説がある」
「NYで根を張る韓国人や中国人と違って、日本人は同じ民族で一致団結しようとしない。かといってこの地で日本人が個人でなにかを成し遂げるのは難しい」
「NYで勉強すると言って何もせずふらふらしている奴もいる。そういう人たちは日本にもいる、ただ場所がNYになっただけだ。ある人たちはそういう人たちを蔑んだり、しかったりする。私は言いたい。そいつらは誰にも迷惑かけてねえだろ!他人の心配してないで自分の心配してろ!」


他にも色んな事が書いてあったしうろ覚えなので書ききれないが、とにかく一貫して伝わってきたのはNYは夢の土地でもなんでもないんだ。むしろ日本人が根を張りづらい環境なんだ。と言う事だった。

最も私がショックを受けたのはNY病の項目だった。
「日本に帰りたくなくなる、自分がニューヨークでいかに頑張っているかを周りの人にアピールしたくなる、勉強より遊びに重きを置く、自分より弱い人を見つけて安心しようとする、言っている事とやっている事が違ってくる、周りの人が自分をどう思っているかが気になりだすーーーーもともとこういう人たちもいる。ぜひ友達になりたくないものだ。けれどこれはNY病の顕著な例である。驚かないでほしい。」



もちろん当てはまらない項目もあった。でもほとんどの項目の指している意味が分かった。
自分に対してやばいなと思うのと同時に、周りにいるNY滞在する人をみてもホントにうなづけると思った。
それで私が今感じているこの自分への「違和感」は名前にしてしまえばNY病なんだとはっきり気づいた。


1年もNYに滞在する予定でなくてよかった。



レッスンの時間が迫っていたので、その本は最後まで読めなかった。NYに滞在している人がNYに滞在している間だけ、理解できる本だと思う。もうあと2か月で帰る私はその本を購入しなかった。その本は意外にも、NYに滞在する日本人がより住みやすくなるためにはどうしたら良いのかを探っていって、終わるらしい。




昨日からやる気の反動でがっかりしてしまった。
昨日のやる気は結局NY病から来るものだったのか、と。
きっと特別な地で、特別なことをしている気になりたかったんだ。
実際はストリートダンスは日本人でも上手いし、あのくらいのパフォーマンスは地元でも見れる。
それでも「外人だからここはNYだからすごい」と思いたかったんだ。
何にも変わらない、むしろ私にとって単に苦しい場所が多いところなのに。
これをこの本ではNYありがたがり信仰、と呼んでいた。
NYに対する憧れは実際に滞在すると「現実」に打ち破られるので問題ないが、
NYにあるものに対するありがたがり信仰は対抗できるモノがないので、ずっと残ってしまう、と。
この本は良い事を書いていると思う。このまま無意識に行ったら私はI♡NY人間になって日本にあるものをみんなつまらない、と言い出したかもしれない。もしくはダンススクールで長い事滞在しているダンサーたちのように、日本人の中で自分と比較する相手を見つけて批評しだしたかもしれない。それか自分の気持ち悪さに耐えられなくなって、反動で今日の昼間のようにあと2か月をバカンスに当てたかもしれない。



でも、そんな事に気づいてしまったせいで私はダンスのレッスンなんて行って頑張るのはNY病かも、と恐れてしまった。「頑張る」と言う事自体が盲目状態だって言われているような気がして、これは今NYに滞在する私にとって致命傷。NYに傾倒したまま突っ走りたかったような、でもそれじゃ危ないような、どっちつかずの宙ぶらりんになってこの気持ち悪さは昨日の自分に対しての気持ち悪さより悪化。






ちーん。(同じ寮の16歳の子がしょっちゅう言う)





そんな気持ちでレッスンを受けた。





それでもダンスを踊る事はすごい気持ちよくて、やっぱりNY病だったとしても明日もあさってもスタジオに通いたいと思った。






確かにあの本はすごく読んでよかった。
過度なありがたがり信仰は自分を追いつめるだけだし、このままだとあ私の経験は言葉だけが装飾されてどんどん薄っぺらいものになっちゃうと思った。でもNYをそこまで慎重に見てしまってもあと2か月つまらなくするだけな気がする。せっかくちょっとずつ自分のやりたい事が見え始めてきた気がしてるのに。だからNYでこんな経験した!とか、何やっても結局NY病なんだよって、言葉に任せたりしないで、今日はダンスのレッスンを真剣に受けようとか、今日はダンスの事は忘れて友達と遊ぼうとか、あの子誘って買い物に行こうとかそういうの大事にしようかと思ってる。作品作りをストイックにやるとかやらないとかもう決めない。行き着く方に行く。


明日は友達と、海!楽しみ!

2 件のコメント:

kanami さんのコメント...

色々感じて、すごくStrugleな状態なんだと思うけど、本当、NYでもどこでも、ダンスは別に結構同じだとあたしも思うw

というか、あたしはまだ美緒さん以上に好きになれる先生とかこっちで会ってないし、Jazzとかなんか古臭い感じで最初「え?日本の方がかっこいい・・・」とか16歳のときのLAでもー感じたよ。

でも、やっぱりいろんな先生のレッスン受けて、同じジャンルでもテイストが違うとぜんぜん違うから絶対無駄にはならずに自分のダンスの視野広げよーってくらいに考えたほうがいいと思った。
しかもそのちょっと苦手・・とか思うテイストを頑張って逆にやってやったぜ!とりあえず!wみたいな感じで捉えていけば少なくとも一時的な達成感は得られることも知りました。笑 その瞬間の自分のすべてを出してったら勝手に結果はついてくるし。

あたしは今さおにゃんはせっかくNYにいるんだから、いっぱい学校の友達(日本人も含む多国籍の人たち)と話したり、hang outしたりしてありきたりだが「視野を広げてglovalな人になる」ことを意識したら、そこで得た経験ってすごくいい人間形成になると思うなぁ☆とにかく出来そうなことは疲れようが自分っぽくなかろうが全部チャレンジだ!だって3ヶ月だけって思ったら若いし死なないから大丈夫w
その人間のあつみというか、感受性豊かに色々考えたことってこれからのchoreographyにも影響すると思うよん♪

ってかね、さおにゃんはちゃんと自分と向き合ってるから大丈夫!今はなんか成長の実感が感じられなかったりもするのかな?(的はずれだったらごめんね)でもちゃんと「この感情はどっからくるの?」とか「なんでこーなんだろ?」ってちゃんと自己反省の時間持ってるんでそこは本当に尊敬します☆
あたしも忙しさにかまけて、そーゆー時間ももっとたないとね!

ずっとブログ読ませてもらってるけど、すごく共感する部分とかあってなんか考えまとまらないままコメントしちゃった。長文失敬。

saori さんのコメント...

コメントすごく嬉しいです
なんか深く考えたり、海外で毎日頑張ってる感を感じられる事によって自分の意見が正しい、絶対なんだって思いそうになってしまって、でもそれ絶対やばいなって思うんです(NY病の項目にも自分の意見が絶対だって思い始めるってありました。)自分もどこか冷静に見れてないのかなあと不安になるんですけど、周りの人に私の伝え方が悪かったり、まったく興味の方向が違ったりしてうまく伝わらず、今は軌道修正するすべもなくって、右往左往してます…。そういう意味でもNYは恐いです。それに自分の成長が実感できてないっていうのも確かにあります。でもそうやって先輩に大丈夫って言ってもらえるだけで全然違います。ブログも毎日書くといろいろつじつまが合わなくなるので、都合悪いしやめちゃおうかと思ってたんですけど、反省の時間なんだと思えたので、気持ち悪くなっても続けようと思います!
ありがとうございます!
たまにメールとかください〜〜〜〜