2007年8月12日日曜日

視野を広げるって、




今日は海に行きました!
朝待ち合わせ時間になっても誰も来ないから、
これ謀られた?!って思ったら、1時間早かった!ドンマイ自分!

そして海で本気で泳いだり、フランス人のイケメンジェントルとビーチバレーを楽しんだ後、
日焼けして真っ黒になった顔に会う化粧品を買いに!
まあもともと腹黒いから水着やけとかないですけど!
むしろ他の部分の皮膚が腹の色に順応しましたけど!
でも日焼けで肩が痛くて荷物しょえなくなったーー!
そしてその買い物の後、ダンススクールのみんなで話してたんです。すると結局、話題はダンススクールの「あのグループ」についてになりました。



結局、みんな「あのグループ」が気になるみたいです。前にもこの話を日記で書いた事があるけれど、そのときは確か「態度が横柄だ」「見た目が派手だ」そんな程度の話で、だから私も自分の経験上やっぱりどこでもストリートダンサーはグループ化したがるなあと思ったんです。でも事態はちょっと違ってきました。まず初めにみんなの話を聞いていておかしかったのは「グループの人」たちは1人でいる時とグループでいる時の態度が明らかに違って、つるんでいる時はグループ外の子に対してまるで「あの子と話しちゃ駄目」と言われている中学生かのような態度。また、そのグループの人達はわざわざ日本人が受けているレッスンを識別し、日本人が踊る時だけスタジオの窓越しに現れて、踊り終わったら去って行く、ということを繰り返しているらしいのです。その窓越しに見ている時に、とても感じの悪い態度をとったり(見られている人の回転が上手くなかったら数人で笑ったり)、最近はグループ外の人に直接批評を下して「君はなかなか動けるね」とか「あんたはこんなふうだからそんなふうに汚く回転できるんだよ」とか言ってみたり。グループの一人に「私は1年留学でもうNYに3か月滞在したけど、あなたはたった3か月きりの留学で何を学べるの?」と言われた子もいます。あとは普段褒めたたえてる自分の先生のことをおおっぴらに日本語でバッシングをしてみたり、もうやってることがぐちゃぐちゃです。

もう、話を聞いていて心から かっちーん てきました。この文章を人様に公開してる訳だし、できれば冷静になりたいから隠した方が良いのかもしれないけど、私の日記なんで私からみた気持ちを言わせてもらいます。とりあえず、まじで今すぐ帰国しろこの馬鹿どもが!!!!って感じでした。


でもその時話がエスカレートしてしまって、「あのグループ」にたいして下らない中傷をするのは絶対にさけたい、とも思いました。なぜかというとその人たちも良いとこあるよ、とか言うつもりはさらさらなくて、単に心からその人たちと同レベルになりたくなかったからです。なのでわたしが、彼女たちそれぞれが、当然に怒れるポイントを探そうと思いました。私自身、今の所は彼らになにかを直接言われた経験もないし、感じ悪いなあ、あの辺〜と思っても、たまたま今までのダンススクールでそういう経験が多かったので無意識のうちに「気にしない」事が出来るようになっていて、実害がありません。なので、とにかく被害があると感じているみんなの話をよくきいていました。けれどみんなは心から「嫌だ」と感じているので、感情が高ぶってしまい、やっぱりそのまま人に伝えようとすると妄想と現実がごっちゃになってしまいます。「あのグループ」とこういう嫌なことがあったよと話している時に「で、それは実際にそうやって言われたの?」ときいてみると、「ううん、そういう感じだった、でも絶対言ってる!」とか、それは当然なんですがみんなの同意を得るために少しオーバーな話になりがちでした。なので、ちゃんと「本当にあったこと、あきらかなこと」を探すようにしていました。



話を一通り聞いて、多少のオーバーな表現や、被害妄想的なところがあったとしても、彼女たちが「不快だ」と思っている事は事実です。それに私自身が今までのダンスに関わった経験の中で「言われる」と言う雰囲気も分かります。最近はすこし気になってきていたのでスクールの人間関係を意識的に見るようにしていました。「グループ」の人たちは自分がダンスを見られていると言う事をかなり意識しています。私がわざと顔を窓からのぞかせれば、ちらっとこっちを見て意識してしまい、振りを間違えて意図的に舌を出してみたり、自分の話を「グループ」外の人にされるのを極度に嫌います。本人たちが、数いる生徒のなかから日本人だけを識別し「悪く」思ったり言ったりしているから、自分が「同じ事をされる」のが恐いんだなあということは、明らかなように思えます。



ただ、やっぱり結局私たちもみんなで話をしているうちにエスカレートしてしまい、おそらくはたからみれば「グループ」と同じようにグループ化して、「私より上手いかもしれないけどあの人の踊り方嫌い!」とか「あのグループの子たちは調子のってる、天狗になってる、ナルシストだ」とか、発展してしまいました。


別にいいと思うんです、自分に自信を持って踊る事はダンサーに取って大切な技術の一つだし、踊り方の癖はその人の個性です。天狗になろうとナルシストに踊ろうと、私には批判できません。(まあもしかして内心では「キモ!」と思ってるかもしれないけど…笑)だからって誰にも迷惑もかけてないし、それだけ自信があるならそれだけの技術を持ってる人なんでしょう。問題はそうやって彼らが自分に自信を持っている事ではなくて、彼らの態度や言葉でダンスのレッスンを受けづらくなる空気が生まれる事だと思うんです。実際に初めてバレエのレッスンを受けた子が何度かグループの一人に「批評」されて、スタジオを変えてしまいました。他にも何人かがスタジオを変えたと言っていました。私自身「あのグループ」に何をされた訳でもないけどみんなが嫌な思いをしていたり、ちょっとあいさつしても感じが悪いと不快になります。みんながスタジオに快適に行けない空気を彼らはつくっている、というところでは私も彼女たちも怒って当然のはずです。



何でこういう事がおきるのか、考えてみて、本当にこれはストリートダンサー特有のものと言えるのか疑問に思いました。そこで、そこにいたみんなに「こういうことがおこるのってストリートダンサーが集まってるからだからだと思う?」って、聞いてみました。そこにいた全員が「違うと思う」と答えました。その中で1番年上(といっても22歳)の子が「ストリートダンスでも、本気でダンスをやってる人はそんなんじゃないし、礼儀もきちんとしてる」と言いました。本気でダンスをやってる人本当に全てきちんとしているかどうかは分からないですが、それは答えの一つかもなあと思いました。そして今度は、「あのグループはどういう基準で集まってると思う?見た目は関係してると思う?」と聞いたら、「ほとんどは同じタイプに見えるけどたまに、え?って思う人が一緒にいるし、見た目じゃない、プライドが高いとかそういう共通点があって仲間意識を持ってるんだと思う」と言われました。






これは本当あくまで私の推測なので、正しいかはわかりませんが、彼らはまず自分と他人との比較によって自分のプライドを保っているんじゃないかと思います。これは「グループ」の子ではありませんが、NYに1年ダンス留学している子が言ったそうです。
「私なんてNYでダンスを勉強するために一人で暮らして大変だし、好きな服も買わないで頑張ってるのに、日本の大学生は遊んでて、甘えてるよ。」
これすごく気持ち分かるんです。実際3か月ここにいるのでさえ辛いなあと思うのに、こんなとこに一人で1年も2年もいるなんてもっと大変だろうし、お金も生活するだけで当然かかるからその分好きな服もバッグも買えない、我慢するしかない。しかもここは憧れの町NY。いやがおうにも頑張ってる感の味わえる環境です。

でもその話をきいて私またかちーんて思いました。日本の大学生って言うけど、まず彼女は高校卒業してすぐ渡米して、アメリカの大学に行ってる訳でもなく、日本の大学生のなにを知ってるんでしょうか。まず日本にいる大学生で、留学して大変だ〜と思ってる私や彼女よりはるかに努力している人は絶対にいます。そして彼女の言う通り遊んでる人に遊んでる人に対しても、そんな事言えないはずです。(彼女がどういう意味で遊んでるといってるのか正確に分からないけど)その「遊んでいる人」は無意識だとしても彼女のように渡米しない分、お金を自分の好きな事に使う選択をした訳で、彼女は自分の好きな事を勉強しに、NYにくる事を選択したんだから「我慢するのが辛いと思う」事自体甘えた発言です。ちなみに私はかなりの甘えた人間です。かちーんて思ったのは、「私が日本で頑張ってる大学生だから」じゃなくて、そういうことを考えるのが自分に似ているからです。自分に似てる人って、ムカつきます。実際私も短期の割にはすでに最近までほとんどこれに近い事を考えてたし、多分ここに自分の意志で滞在する日本人は少なからずともそういう状況に陥ると思います。日本にいる大学生と、自分。何かと比較して自分を支えないといられない、多分これは昨日書いたNY病じゃないでしょうか。



ダンススクールに集まって、「グループ」をつくるのは当然NYに長期(3か月以上)滞在する人たちです。結局彼らが一緒にいる理由となる「共通点」はNY病なんじゃないでしょうか。これも本当に推測にすぎませんが、ほとんどの長期滞在ダンサーはNY病にかかってるんだと思います。昨日のNY病の症状をみるかぎり、
自分の言ってる事は絶対だと思うから他人の批判が出来るし、
自分がいかに頑張ってるか周りにアピールするために滞在期間と予算を声高に言ったり、
ストリートダンスのトップを目指しにNYに着たと言う割に、勝負する相手は日本人のストリートダンス未経験者、ミュージカル専攻の女の子、コンテンポラリー専攻してるやつだし、言ってる事とやってる事がかなり違います。
でもダンススクールだけでなく、NYのどこに行ってもそういう独特の雰囲気がある事に気づき始めました。自分に「酔ってる」とでもいうか。。もちろん、私も含めてです…



もうこんなとこ帰りたい。


NY病がどうこうっていうのもあるんですが、何がいやだって「自分のプライドを保つために、他人を自分の下に置く」というか、私はそれが一番着に食わないです。自分の位置を知るために、比較するのはもちろん当然の事ですが、自分に自信を持つ事と他人(の踊り)を批評する事は全くの別物です。まったくちがう素材なのにおなじ物差しで測ろうとしているというか、とにかく自分に自信をもつ判断基準は他人じゃなくて自分の努力とか、自分の真剣さとかそういうことであるべきだと改めて気づきました。NYにいて、頑張ってる感が必要以上に感じれる事は本当に恐いと思います。薄い内容で、大きなものを得た、って感じられて、その矛盾を補うために自分より弱い人を自分の支えにしまうからです。でもよくよく考えるとNY病に似たことって日本でもよくあったなと思います。


もしかして、極端に言えば私の大学の風潮もこれに近いものがあるんじゃないかなと思いました。これも勝手に私が考えただけです。なぜなら、私が普段いる環境は普通と「違う」「あこがれの」場所で、狭い世界で「日本人」だけを見つけて勝負している、というか。上手く言えないし言いたくないけど。そう思うと、NY病ってNYだけじゃない、海外だけじゃない、本当にどこでも起こりうる現象なのかもしれないと思います。私たちが憧れるどこか特別に広い場所なんかなくって、特別に広い場所の中にまた狭い世界があって、そのなかで勝負して、また広い世界をさがしても結局その繰り返し、どこに行っても違うのは文化、人間、歴史で、世界は変わらないんじゃないでしょうか。海外にいけば視野が広がるよ、って今まで無条件に信じていたけどもしかして視野が広がるってことは世界はどこまで行っても狭い世界で成り立っていて、狭い世界の羅列が広い世界なんだって気づく事なのか、とか考えてみたりします。


ていうことは、最初はストリートダンサーがグループ化するのは何でなんだろうと考えていたんだけれど、結局「ストリートダンサーであること」が原因でグループが出来るんじゃないなって、少し謎が解けた気がします。いろいろNY病に対して思う事を書いたけれど
だからといってNYにきた意味がないとは全く思わないし、私がNYにくるために頑張った事も、今本当に頑張っている事も、否定している訳じゃありません。私はこのまま1年や2年留学したらおそらくNY病になるだろうけれど、もちろんならない人だっているでしょう。そして私だけじゃなく、NYに滞在する日本人が辛い環境で頑張っている事も知ってるし、大学の友達や、ダンスの友達や、高校の時の友達が頑張っていたり、休みを取ったりする事に意見するつもりなんて全くないです。みんなそれぞれ本当に尊敬します。この文だともしかしたら留学は悪だ!見たく読めてしまうけれど、こうお互い成長過程で苦しんでて、、、それを分かった上での自分の意見を、もっとうまく短く書けたら良いなあ

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